【小美玉市】納場小学校の桜

平成26年4月撮影

茨城県小美玉市 納場小学校


明治10年(1877年)納場宝蔵院を校舎に利用して創立された納場小学校。

明治30年、現在地に移転されました。


校庭の脇にある老桜は小美玉市内で最も古い染井吉野(ソメイヨシノ)かもしれません。校庭のトラックの中にも同年代の桜が一本ありましたが、そちらは平成元年に伐採され、その幹が校内に保存されています。

県内の桜の巨樹をお相撲の番付に見立てて列挙した『茨城桜見立番付』(昭和五十八年)を発表した川上千尋さん(太田第一高等学校・元校長)は、子供達の成長を見守り、卒業入学シーズンに咲き、学校の歴史とともにある桜こそが、最も素晴らしい桜風景だと仰っていました。

確かに学校の桜は私たちの最も身近で印象的な桜風景かもしれません。そこには植えた人の思いや、子供たちを見守る先生方や親御さんの思いが存在します。

納場小学校の老桜は今、どんな気持ちで花を咲かせようとしているのでしょうか。 

掘り起こされた校庭の中の桜

納場小学校は私の母校です。卒業アルバムにはそれら2本の巨桜が写っています。

運動会の時の写真。この写真は私が幼稚園生だった時のものです。

小学校入学式の時の写真です。

令和2年3月撮影

『広報おみたま4月号』の取材で同級生のN本くんと納場小学校を訪ねることができました。

教頭先生が応対してくださって、保存されている幹や、貴重な資料等を見せていただきました。

令和2年3月撮影

掘り起こされた校庭の中の桜が校舎内に保存展示されています。

32年ぶりの再会に感動しました。

こうしてわざわざ保存するほど、納場小学校において大切な桜だったことがわかります。

学校の沿革が書かれた帳簿。

応接室に飾られていた昭和23年の写真。

『90年のあゆみ 美野里町立納場小学校編』(納場小学校・昭和41年)より

この写真の桜が2本の内どちらの桜なのかはわかりません。

令和2年3月撮影

校舎内より。赤い屋根が納場幼稚園。

平成26年4月撮影

平成26年4月撮影

夕陽で輝く花

平成26年4月撮影

平成26年4月撮影


小美玉市など関東地方の染井吉野は卒業入学シーズンに満開となる事が多く、人生の節目行事と重なり、儚く切ない想い出とともにその圧倒的な情景を私たちの心に刻んでくれます。昭和時代、街や公園、学校を造ってきた先人達はどんな思いでこれらの桜を植えたのでしょう。きっと平和で明るい未来、子供達の成長を願っての植樹だったのではないでしょうか。園芸品種の桜は自然には生えません。そこには必ず人が関わっているのです。これらの風景を守り未来へ引き継いでいくことは、今を生きる私達の使命なのかもしれません。桜が枯れたり倒れたりしたら、代継ぎ樹、後継樹を植えるという事も大切にしていきたい文化です。



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