【水戸市】信願寺の桜

『茨城桜見立番付』(川上千尋・昭和58年)の《さくら群》の枠内に記載されている水戸信願寺。

この昭和番付は《さくら群》の枠であっても一本桜が何ヶ所か記載されており、果たして信願寺は一本桜と桜群どちらの件で記載されたのかわかりませんでした。 

2017年11月に信願寺を訪ねました。

奥様が応対してくださって、その詳細がわかりました。 

まず番付に記載されているのはおそらく山門を入ったところにあった桜の巨樹のことだろうとのこと。昔その桜は「番付で前頭だった」と住職がおっしゃっていたそうです。 

しかしその桜は昭和40年代には枯れてしまったそうで、特に二代目などの代継ぎ樹はないとのこと。 

つまり、川上千尋先生の昭和番付が発表された昭和58年には、すでに信願寺に桜の巨樹は無かったということがわかりました。 また桜群といえる並木も無かったとのこと。 

そして、ご住職がおっしゃっているように、信願寺の桜の巨樹が番付で前頭だったことが事実ならば、昭和40年代にも桜を番付した資料があったということが推測できます。  

もしかしてそれは『茨城県巨樹番附』(昭和初期・関右馬允)のことかもしれませんが、詳細は不明です。

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