【桜川市】青柳の糸桜

平成30年4月撮影

茨城県桜川市 熊野神社

青柳の糸桜とは、室町時代、能楽者世阿弥によって作られた『謡曲桜川』に登場する伝説のシダレザクラのことです。

『謡曲桜川』は櫻川磯部稲村神社の当時の神主様が足利持氏に『花見物語』を献上し、能楽師世阿弥に作らせたといわれています。 

現在の熊野神社入口の鳥居右側にある桜が青柳の糸桜2代目と解説されているウェブサイトがありますが、『茨城の巨樹』(川上千尋・平成3年)に掲載されている当時の写真と比較して、どうも桜の位置が違うために断言できずにおりました。


『茨城の巨樹』掲載の内容

青柳の糸櫻 二代目 

旧町指定天然記念物(旧岩瀬町) 

推定樹齢500年、幹周3.6m  

その写真には桜川市青柳の熊野神社入口とともに見事な巨桜が写っています。  


後日櫻川磯部稲村神社の宮司様にお話を伺ったところ、『茨城の巨樹』に載っている2代目は、青柳ふるさとコミュニティーセンター(公民館)を建築する際に伐採されてしまったとのことでした。

以前2代目から枝分けしたものを宮司様宅の敷地内に植えたそうで、その桜から分けられた桜が、現在熊野神社鳥居奥の左側に咲く、3代目とのことです。


その3代目が植樹された際に建てられた「青柳糸桜記念植樹の碑」によると、昭和44年「三世の若木を磯部より移植する」とあります。  

また、笠間藩主牧野氏が青柳の糸桜を愛で和歌を詠んだそうで「見渡せば 青柳むらや 桜川 田舎も春の 錦なりけり」という和歌が記念植樹の碑に掘られています。  

牧野氏の時代は延享4年(1747年)から明治4年(1871年)ですので、今から150年~270年前となります。


いずれにしても、室町時代から語り継がれている名桜「青柳の糸桜」が、こうして今も代を継ぐことで大切にされており、そのことに感動します。




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