【桜川市】櫻川磯部稲村神社
平成29年4月撮影
茨城県桜川市 櫻川磯部稲村神社
桜川のサクラ11品種 国指定天然記念物
平安時代、歌聖紀貫之の和歌によって名を轟かせた桜名所「桜川」
室町時代、能楽師世阿弥によって有名となった謡曲『桜川』
世にいう「桜川」とは、櫻川磯部稲村神社をはじめとする近隣一帯のことであり、東日本における最古の桜名所がここ桜川なのです。
水戸藩主徳川光圀公は、櫻川磯部稲村神社に何度か参拝しており、ここ桜川の山桜数百株を、水戸城下に続く川の一帯に移植し、桜名所を造成しました。それが現在の「水戸桜川」です。 笠間藩主の牧野公も笠間藩領に桜川の桜を移植したと伝わっています。
櫻川事績考
日本の桜史を見ていくと、ここ桜川の桜は各地に広まる桜名所の原点となっており、江戸(東京)をはじめ非常に広範囲に渡って影響しています。小金井桜や隅田川の桜も、桜川の桜が移植されて作られたことは有名な話です。明治時代には桜川のために生涯を捧げたといわれる偉人「石倉翠葉(重継)氏」が桜川保勝会を創設し『櫻川事蹟考』を出版。このことが後の三好学博士の訪問につながり、天然品種のシロヤマザクラ群を絶賛されました。 国指定名勝地、国指定天然記念物となった背景には、このような歴史があるのです。
常陸の櫻川は小金井や吉野に匹敵すべき立派な櫻の名所で、殊に其来歴の古いことでは吉野に次ぐものであります。櫻川は地域が狭く、櫻川には磯部神社があり、木花開耶姫を祀ってある。其前に数町の馬場と広場とがあり、馬場の両側には櫻が植えられ広場には殊に大木がある。此處の櫻は白山櫻であるが、吉野山のそれとは系統が違い、関東地方の良い品種、東北地方の天然品種を集めたもので、花が淡紅色を帯びたもの、花梗に毛があるもの、花に芳香を有するものが多い。是等は同所の櫻をして、吉野山の櫻に対して特徴を帯びているゆえんである。明治四十五年四月十一日、自分が石倉翠葉氏の案内によってはじめて此處に行った時は閑静な勝区で、立派な白山櫻の大樹があった。又櫻川から遠くない雨引山(観音の霊場)へも行ったが、ここにも美しい白山櫻があった。櫻川は石倉氏の常時と違って今日では多数の人が花見に来る。又老樹も次第に枯れる。其上に染井吉野を植えて古い櫻の名所を俗了したのは遺憾である。将来櫻の名所として櫻川は其美しい白山櫻の絶えないように努めなければならぬ。
『桜』(昭和13年・三好学)
磯部の山桜、磯部三大桜
令和2年3月撮影
令和2年は例にないほど早く開花しました。「初見桜」もこんなに早く咲く年はないといわれました。
令和2年3月撮影
令和2年3月撮影
令和2年3月撮影
令和2年3月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和2年4月撮影
令和3年3月撮影
合格祈願巨大絵馬
合格祈願の神社としても有名で、サクラサク里プロジェクト様の本拠地にもなっています。
娘の高校受験の合格を祈願していただきましたが、見事に合格しました。
参考文献
『桜』(三好学・昭和13年)
『磯部稲村神社と謡曲桜川』(磯部祐親・昭和50年)
私が在籍する「水戸桜川千本桜プロジェクト」は、徳川光圀公の意志を継いで、水戸の桜川にヤマザクラの風景を復活させようと植樹活動をしている団体です。櫻川磯部稲村神社の桜の種を頂いて、水戸市見川(光圀公が設定した水戸佐久良川の地区)で苗木に育て、それを水戸桜川周辺の公園や、徳川ミュージアム敷地内、常磐神社境内などに植樹しています。
0コメント