【つくば市】筑波山の山桜

茨城県つくば市筑波 筑波山

撮影:上野雅洋さん

写真をお借りしました。


足柄の坂から東にある諸国(関東諸国)の男女は、春の花が咲く時期、秋の木の葉が色づく時節になると、手をとりあって連れだち、食べ物や飲み物を持って、馬に乗ったり歩いたりしてこの山に登り、終日楽しく遊び過ごす。

『常陸国風土記』四 筑波郡(二)

福慈の山(富士山)はいつも雪が降り積っていて人は登ることができず、一方この筑波の岳は人々が往き集い、歌ったり踊ったりし、また食べたり飲んだりして、今に至るまでそれが絶えないのである。

『常陸国風土記』三 筑波郡(一)

引用:『常陸国風土記 全訳注』(秋本吉徳・平成13年)


一年のうちの特定の場に男女が集まり、飲食歌舞に興じる行事で本来は春秋の農耕儀礼としての山見・花見という子祝行事としてあったもので、それに種々の娯楽的要素が付加されたものであるという。春秋二季が選ばれているところからすると、春、山から田に神を迎え、秋にふたたび山に返すという農村の神祭りのあり方とも密接にかかわっているようである。

引用:『常陸国風土記 全訳注』(秋本吉徳・平成13年)」


上記は今から1300年前に編さんされた『常陸国風土記』の一文を現代語に訳されたものとその解説です。「足柄の坂から東にある諸国」とはつまり富士山から東の関東平野のことです。

また、この常陸国風土記の花見の記述が日本最古の(民間人による)花見の記録のようです。


花見は奈良時代の『常陸風土記』に記述があるのが始まりといわれる。

平安時代には宮廷の季節の移り変わりの節目の行事(桜狩り)となり、鎌倉時代には桜の名所が急増し武家の間に広まった。

引用:『会報 河川文化 第81号』(公益社団法人 日本河川協会・平成30年)


このことは水戸桜川千本桜プロジェクトの稲葉先生から教えていただきました。

当ウェブサイトの副題「常陸国一千三百年の桜史」の根拠はここにあります。

撮影:上野雅洋さん


遠山桜(とおやまざくら)という観桜があることも、水戸桜川千本桜プロジェクトで学びました。

遠くの山のヤマザクラを遠望で楽しむ手法です。


このヤマザクラの絶景をみれば全て納得。

西の富士、東の筑波といわれ古くから信仰と観光の対象だった筑波山。

日本最古の花見(民間人による)の記録は筑波山にあった。

このヤマザクラ絶景が北に続く筑波連山でも同様に見られることも重要だと感じます。

成沢の山桜、加波山の山桜、雨引山の山桜と、遠山桜の展望地を挙げればキリがありません。

奈良時代、平安時代といえばまだ人々が暮らすエリアには桜はないか、もしくはごく一部であったことと思います。

花を愛でるとなると山に咲く桜が当たり前の時代です。

関東平野の人々が、ヤマザクラが咲き誇る低山の春を求めたことは必然でしょう。

その筑波連山の北端の盆地には「桜川」があり、そしてその先には下野国との国境を成す、富谷山、雨巻山、高峯山があるのです。


撮影:上野雅洋さん

撮影:上野雅洋さん


今回、この素晴らしい写真をお借りできたこと、本当にありがたいと思います。

上野さんは、茨城県の野鳥や風景を撮影されているカメラマンです。 詳しくは下記リンク先のギャラリーを参照してください。

茨城県の桜

常陸国一千三百年の桜史と平成の桜の記録 茨城一本桜番付 平成春場所の発表