【笠間市】南指原の山桜
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
茨城県笠間市
『日本の巨樹・巨木林 関東版I』(環境庁・平成3年)
所在地 笠間市南指原
樹種 ヤマザクラ
推定樹齢300年以上
幹周 7.7m(主幹3.7m)
樹高 25m
枝張 21m
株立 5本
根元の状況 草地 地被類
欠損度 大枝枯損 小枝姑損
着生植物 有
健全度 良
特記事項 定期的な下刈り清掃
『笠間市ガイド-笠間の自然-笠間のさくらを巡る』
樹齢300年、樹高20m、幹周り7.7m。
環境省が指定する全国10位に入る大きさを誇る見事な桜。
上記環境庁のデータや、『笠間市ガイド-笠間の自然-笠間のさくらを巡る』でも記録紹介されている南指原のヤマザクラ。
残念ながら伐採された跡しか見ることができず、翌平成26年に発表した『茨城一本桜番付 平成26年春場所』では番付に掲載することができませんでした。(番付掲載基準に写真の評価を加えている為)
しかし、平成時代に咲き誇った茨城県の代表的な名桜という観点でいえば、この南指原のヤマザクラを抜きにしては語れないという思いがあり、往時の写真をお持ちの方を探しました。
そして辿り着いたのが、笠間市手越地区の陶の里で風の窯という陶芸工房を営む新井先生のブログ記事でした。そのブログには10年近くに渡って南指原のヤマザクラが記録されていました。
新井先生に連絡をとったのはそれから数年後の平成29年です。
翌年発表する平成30年の桜番付に南指原のヤマザクラを載せたいとの思いをお話しました。
新井先生はこの取り組みに快く賛同してくださいました。
そしてたくさんの記録写真をお借りすることができました。
南指原のヤマザクラは平成23年(2011年)に倒木伐採されていました。
様々な構図で撮影された写真からは、伐採後に残された幹根からは想像できないほど巨大な桜であることがわかります。環境庁の調査データによると、幹周りは7.7m、株立ちは5本。特に中央主幹が太く真っすぐ上に伸びています。
幹周り、枝ぶり、花付き、ヤマザクラ特有の花色葉色、そして原風景的ロケーション。
墓守桜としての美しさ、苗代桜、種蒔き桜として人々の暮らしと密接に関わってきた歴史を感じる名桜です。
20年以上に渡ってこのヤマザクラに通った新井先生。
ここに掲載させていただく写真はその後半、平成15年から平成22年までの8年間の記録です。
以前は電線がなかったそうで、その電線を通す際に道路側の枝が落とされたそうです。
また、道路とは逆側(墓地側)の太い枝も枯れて折れたようで、それらの経過も写真に記録されています。
これ以上の定点記録はありません。記録することの意義を改めて感じるとともに、貴重な写真をお借りできたことに感謝申し上げます。
新井先生との桜の縁については他にもいくつかあります。そちらは当記事後半に記載しています。
平成15年4月19日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成15年4月19日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成15年4月19日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成15年4月19日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成15年4月22日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成15年4月22日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成16年4月13日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
この写真から、墓地側の支幹が無くなっていることがわかります。
平成16年4月15日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成16年4月15日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
代掻きがされた水田に舞う花びら。
桜は昔から「苗代桜」や「種蒔き桜」「田植え桜」などの異名もあるように、農作業とも密接に関わっています。
さくらの語源は、神様を表す「さ」と、座る物を表す「くら」からきているともいわれています。
田植え前に豊作を祈願した神事が花見の起源です。
茨城県においては『常陸国風土記』に、田植えの時期となる春と、収穫の時期の秋に筑波山で花見が行われていた事が記載されています。
平成17年4月19日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
中央主幹がよく見える写真です。周りの支幹も太いですが、特に主幹の立ち上がりは見事。
平成17年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成18年4月18日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成18年4月18日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
古い年代の墓石を飲み込んで成長を続ける根元。
数百年という時間が生んだ光景です。
平成19年4月15日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
絵を描いてらっしゃったそうです。
まさにふるさとの原風景です。
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
樺色といわれる芽の色。この色合いがヤマザクラならでは。
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月17日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成20年4月20日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
ため息が出るようなグラデーション。これこそがヤマザクラの満開。
平成21年4月15日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
墓守桜として、種蒔き桜として、地域の暮らしとともにあるヤマザクラの風景。
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
平成22年4月21日撮影
写真提供:風の窯新井倫彦先生(笠間市)
新井先生と『茨城桜見立番付 第二版』
昭和58年に常陸太田の川上千尋先生が発表した『茨城桜見立番付』
私が平成26年から発表している茨城県の一本桜番付の原点であり、私にとって最も大切な資料です。
平成29年に川上千尋先生にお会いした際、桜見立番付を更新していきたい気持ちがあったことをお聞きしていましたが、それは実現していないとの認識でした。
ところが、翌年昭和59年に更新版である第二版が発表されていたのです。
その第二版を新井先生がお持ちでした。
桜が好きだったご友人から譲り受けたそうで、当時「南指原のヤマザクラ」がその番付に記載されておらず、番付に記載してもらうにはどうすればいいのかという会話があったことを新井先生からお聞きしました。
『茨城桜見立番付』(川上千尋・昭和58年)
茨城県立歴史館の文書館にも所蔵されている有名な番付です。
『茨城桜見立番付』(川上千尋・昭和59年)
新井先生が所有している幻の第二版。
内容が更新されています。
おそらく58年版は「関右馬允先生」の資料を軸に構成されており、59年ではそれをより当時の状況に近づけたものと思われます。
また、川上千尋先生が発表された番付には桜のほかに松、銀杏、杉、椎、欅があります。
それらの番付も昭和59年に発表されており、また番付の書式も上記桜番付の59年版と同じ構成となっています。
つまり川上先生はまず昭和58年に桜の見立番付を制作し、翌年59年にその他の樹木も併せてもう一度桜の見立番付を制作していたのです。
30年後に平成の桜番付ができて、南指原のヤマザクラを番付することができた。これは桜縁の成せる業ではないでしょうか。
南指原のヤマザクラをきっかけにつながる新井先生との縁ですが、幻の桜番付というお話、他にも私が現在在籍している「水戸桜川千本桜プロジェクト」のシンボルツリーともいえる「桜野牧のヤマザクラ」との縁もあることがわかりました。
しみじみと、桜というのは不思議なものです。
※川上先生から桜番付配布、掲載の承諾を得ています。
平成31年2月撮影
令和2年の2月に発表予定の『茨城一本桜番付 平成春場所 彰往考来』では、南指原のヤマザクラは西の関脇とする予定です。
また、平成の集大成という観点から、写真版の番付表では裏面に「平成最後の冬」に撮影した番付写真と同じ構図の写真を並べた「平成冬場所」も発表する予定です。
上記写真はそのために今年の冬に撮影したもので、当記事の一番最初に掲載した南指原のヤマザクラ写真(番付に使用する写真)とまったく同じ構図のものです。
新井先生からも学ぶことができた「記録」の意義、大切さ。
そしてその記録した素材をどう活用していくのか、しっかりと進めていければと思います。
令和元年9月22日
新井先生の風の窯で桜の講演会を開催することができました。
その模様を上記記事にレポートしています。
平成31年3月24日の東京新聞で新井先生との桜縁について触れていただきました。
『粉引の器 その発想と作り方』
美しく、使い勝手のよい白化粧の器を さがす、つくる、つかう
(2020年7月22日発行・陶工房編集部)
新井倫彦先生(風の窯)の工房が掲載されていると知って早速購入して読みました。
新井先生の器はシンプルで実用性があって、でもなんか味があって、中でも白い器はこれまで機会がある度に購入してきました。
これが伝統的な粉引の器。
本では至る所に新井先生の器が載っています。
写真と構成も美しく、その奥深さや新井先生のこだわりを知ることができました。
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